※本記事はプロモーションを含みます
『ゴールデンカムイ』の菊田、二階堂、キロランケは全員死亡しますが、死亡回も死に至る経緯も、それぞれ大きく異なります。
菊田は第280話、二階堂は第295話、キロランケは第190話で最期を迎えます。ここでは「誰に殺された?」「なぜ死亡した?」まで、前後の因縁とともに整理します。
※ここからは『ゴールデンカムイ』原作終盤までの重大なネタバレを含みます。
菊田・二階堂・キロランケは何話で死亡した?死因を先に整理
まず、検索してきた人が一番知りたい結論からまとめます。
キャラクター 死亡回 主な状況 最期のポイント
菊田杢太郎 28巻・第280話 中央のスパイだと露見 鶴見に撃たれ、月島にとどめを刺される
二階堂浩平 30巻・第295話 五稜郭で杉元と決戦 自爆を狙った手榴弾の爆発で死亡
キロランケ 19巻・第190話 樺太で追跡隊と死闘 谷垣・鯉登・月島との連戦による重傷で死亡
第280話は28巻、第295話は30巻、第190話は19巻に収録されています。
ただ、3人を「戦って死んだキャラ」とだけ整理すると、『ゴールデンカムイ』ならではの面白さをかなり取りこぼします。
菊田を動かしたのは任務と人への情。
二階堂を動かしたのは双子の兄弟を失った復讐心。
キロランケを動かしたのは民族の未来をめぐる革命への信念です。
つまり3人とも、その人生を縛ってきたものが、そのまま最期の瞬間まで持ち込まれているんですよね。
3人の死亡回を確認したあとに過去の因縁まで読み返したい人は、人物関係を整理してから追うと最期の印象がかなり変わります。
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菊田特務曹長はどう死亡した?第280話で月島がとどめ
菊田杢太郎は28巻・第280話「決意の号砲」で死亡します。鶴見中尉に撃たれた後、反撃しようとしたところを月島軍曹に撃たれ、絶命しました。
「菊田を殺したのは誰?」と一人だけ答えるなら、最後の一撃を放ったのは月島です。
ただし、この場面は月島だけを見てしまうと意味が半分になってしまいます。
なぜなら菊田への最初の発砲は、鶴見自身が中央との対立を決定的にした瞬間でもあるからです。
菊田は中央から送り込まれたスパイだった
菊田は第七師団の特務曹長として動いていましたが、鶴見に全面的に忠誠を誓った兵士ではありません。
彼には中央側の人間として、鶴見の動向を探る役割がありました。
つまり表向きは第七師団。
その一方で、別の命令系統にもつながっている。
金塊をめぐって複数の勢力が裏で動く『ゴールデンカムイ』らしい、かなり危うい立場だったんですよね。
そして菊田は、有古力松にも自分の立場を明かし、中央側へ来るよう働きかけます。
有古もまた、第七師団と土方側の間で複雑な状況に置かれた人物です。
ここを見ると、菊田は冷徹に情報だけを集めるスパイではありません。
命令に従いながらも、目の前にいる人間を見て動くところがある。
個人的には、この「組織人なのに、人間関係を完全には切れない」という部分が、菊田の魅力だと思っています。
菊田の正体はどうやって鶴見にバレた?
菊田の正体を暴くきっかけになるのが、宇佐美時重が残した情報です。
札幌で菊田が中央との連絡に用いたデッド・ドロップの痕跡が、巡り巡って宇佐美の手に入りました。
そして宇佐美は死の間際、その情報を鶴見へ残します。
その結果、鶴見は菊田が中央側のスパイであることを把握していました。アニメ版の物語紹介でも、宇佐美が残した情報によって鶴見が菊田の正体を知っていた流れが明示されています。
ここがすごく『ゴールデンカムイ』らしいんですよね。
宇佐美はすでに物語から退場している。
それでも死者が残した情報が、その後の別の人物の生死を動かしているんです。
死亡したキャラクターが「そこで終わり」にならないのが、本作の人物劇の厚さだと感じます。
鶴見が菊田を撃った意味は?
刺青人皮の暗号解読が進んだ後、鶴見は菊田が中央とつながっていたことを突きつけ、銃撃します。
この発砲は、単なる「裏切り者の処刑」ではありません。
菊田を殺せば、彼が中央へ戻らないことで鶴見への警戒はさらに強まる。
それでも鶴見は撃つ。
つまり自分たちが後戻りできなくなることまで織り込んだうえで、金塊をめぐる最終局面へ踏み込んだわけです。
第280話のタイトルが「決意の号砲」なのも、この場面を読むうえで重要ですよね。
菊田の死は一人のスパイが処分された事件であると同時に、鶴見陣営が中央との決裂を覚悟した号砲でもあった。
ここが大きなポイントです。

菊田はなぜ最期に「ノラ坊」こと杉元を信じた?
撃たれた菊田は、鶴見を倒すのは「ノラ坊」だという趣旨の言葉を残します。
ノラ坊とは杉元佐一のことです。
菊田と杉元は、北海道で金塊争奪戦が始まるより前に東京で出会っています。
当時の杉元はまだ後の「不死身の杉元」になる前。
花沢勇作をめぐる一件を通じ、菊田は若い杉元と直接関わっていました。
菊田自身には、弟を軍人の道へ誘い、その弟を戦争で失った過去があります。
だからこそ、若い杉元の人生にもどこか特別な感情を抱いていたように見えるんですよね。
そして最期、菊田は反撃しようとします。
しかし月島が先に発砲し、菊田は絶命します。
僕がここで面白いと思うのは、中央のスパイだった菊田が、最後の希望を巨大な組織ではなく自分が実際に知っている一人の男・杉元に見ていることです。
命令に生きた軍人なのに、最期に残ったものは人間への信頼だった。
だから菊田の死は、スパイ粛清だけでは終わらないんじゃないかな。
二階堂浩平はどう死亡した?第295話「ふたり」の自爆と最期
二階堂浩平は30巻・第295話「ふたり」で死亡します。五稜郭で杉元と戦い、自爆を狙って起動した手榴弾の爆発を受け、最期を迎えました。
ここは以前の記事で細かい戦闘動作を断定しすぎていたため、整理しておきましょう。
二階堂は杉元との接近戦で追い詰められた後、隠していた手榴弾を使って杉元を道連れにしようとします。
しかし狙い通りにはならず、杉元は生存。
一方の二階堂は爆発によって致命的な損傷を受けます。
「杉元に直接爆殺された」というより、二階堂自身が選んだ自爆攻撃が失敗し、その爆発によって死亡したと捉えるのが分かりやすいです。
二階堂はなぜそこまで杉元を憎んでいた?
理由は双子の片割れ・洋平です。
浩平と洋平は二階堂兄弟として第七師団に所属していました。
物語初期、二人は杉元と敵対。
そこで洋平が杉元に殺されます。
この瞬間から、浩平の人生はほとんど杉元への復讐によって動くようになります。
金塊が欲しいから戦う。
鶴見の理想のために戦う。
そういう大義以上に、「洋平を殺した杉元を自分の手で殺したい」という感情が、二階堂を前へ進ませ続けます。
いや、正確には「前へ進ませた」という表現すら少し違うのかもしれません。
僕には二階堂が、洋平を失った瞬間から精神的には前へ進めなくなった人物にも見えるんです。
身体を失っても復讐だけは手放さなかった
二階堂は物語の中で何度も大きな負傷を経験します。
耳を失い、右脚を失い、右手も失う。
義肢を装着しながら、それでも杉元を追い続けます。
後半では負傷の痛みを抑えるためにモルヒネを求める姿も印象的でした。
ただし、医学的な診断を作中以上に断定する必要はありません。
重要なのは、身体が次々と失われても杉元への執着だけはほとんど変わらないことです。
二階堂の場面はブラックコメディとして描かれることも多いですよね。
有坂成蔵が作る義肢。
異様なテンション。
身体の欠損さえギャグの勢いへ飲み込まれていく。
ところが洋平への思いだけは、最後まで笑い話になりません。
この「めちゃくちゃ笑えるのに、その人の人生を考えると全然笑えない」という二重構造が、二階堂というキャラクターの強烈さだと思います。
第295話で二階堂は杉元を道連れにしようとする
舞台は最終決戦の五稜郭。
第30巻には第291話から第302話までが収録され、第295話の題名は「ふたり」です。
そこで二階堂は、ついに因縁の杉元と真正面からぶつかります。
戦闘の末に二階堂が選んだのが手榴弾。
自分が生き残ることより、杉元も一緒に死なせることを優先する。
復讐のためなら自分の命そのものを代償にして構わないところまで来てしまっているんですよね。
しかし、その狙いは失敗します。
杉元は生き残り、二階堂は爆発によって死亡します。
戦闘結果だけを見れば完全な敗北です。
長年追い続けた杉元を倒せなかった。
自分だけが死んだ。
ところが、その直後に描かれる二階堂の認識が、この最期を単純な敗北から変えてしまいます。
二階堂が最期に見た「洋平との再会」とは?
致命傷を負った二階堂は、分かれた自分の身体を見ながら、そこに洋平との再会を重ねます。
第295話のタイトルが「ふたり」であることも、この場面を象徴しています。
現実には洋平が生き返ったわけではありません。
杉元への復讐も果たせていません。
それなのに本人の認識では、失っていた片割れと再び「ふたり」になったように描かれる。
ここ、ものすごく皮肉ですよね。
表面的な二階堂の願いは「杉元を殺すこと」でした。
でも、そのさらに奥にあった願いは、もしかすると「洋平を取り戻したい」ということだったんじゃないでしょうか。
当然、死者を取り戻すことはできません。
だから取り戻せない喪失が復讐へ形を変え、杉元だけを追い続ける人生になった。
そう考えると、最後の最後で杉元ではなく洋平が物語の中心へ戻るのも納得できます。
菊田や二階堂は、死亡シーンだけでなく過去編を読み返すと台詞の意味が変わるタイプの人物です。
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キロランケは誰に殺された?第190話で複数の重傷を負い死亡
キロランケは19巻・第190話「明日のために」で死亡します。特定の一人による一撃で殺されたのではなく、谷垣・鯉登・月島との連続した戦闘で重傷を負った末の死です。
ここは「鯉登が殺した」「谷垣が殺した」と一人に固定すると、実際の戦闘経緯が見えにくくなります。
原作の流れを理解するうえでは、谷垣との戦闘で深手を負う→月島と鯉登に追われる→鯉登との戦いで致命傷を負う→谷垣と月島の援護も入る→瀕死状態になるという連続した戦いとして見るのが自然です。
キロランケはなぜ戦っていた?本名ユルバルスと革命の目的
キロランケの本名はユルバルス。
彼は若い頃、ウイルクやソフィアと行動を共にし、ロシア帝国の支配下にある少数民族の独立を目指していました。
つまりキロランケにとって金塊は、自分がぜいたくに暮らすための財産ではありません。
政治的な目的を実現するために利用できる、巨大な力だったわけです。
ここを知らずにキロランケを見ると、「仲間を裏切ってアシㇼパを連れ去った危険人物」という印象だけが強くなります。
でも彼の中には、もっと昔から続いている目的がある。
民族が自分たちの土地と未来を持つために戦うという思想です。
もちろん、その理想があるからといってキロランケのすべての行動が正当化されるわけではありません。
そこを単純な善悪にしないのが、この作品の面白いところですよね。
ウイルクとキロランケはなぜ道を分けた?
かつてウイルクとキロランケは同じ革命運動の仲間でした。
ところが北海道へ渡り、アイヌの女性と家庭を持ち、アシㇼパの父となったウイルクの考えは変化していきます。
北海道アイヌの未来。
アシㇼパの未来。
かつて二人が共有した大陸側の革命だけでは整理できない責任が、ウイルクには生まれていったと考えられます。
一方、キロランケは若い頃から追ってきた少数民族独立の理想を捨てません。
つまり二人の違いは、単純に「片方が革命を裏切った」という話だけではないんです。
守ろうとする未来の範囲が変わったウイルクと、かつての理想を持ち続けたキロランケ。
同じ場所から出発した同志だからこそ、そのズレが決定的になる。
僕はここを押さえると、樺太編でのキロランケの行動がかなり立体的に見えてくると思います。
網走監獄の出来事が谷垣との死闘につながる
網走監獄では、尾形の狙撃によってウイルクが死亡します。
その混乱の中、キロランケの裏切りも明確になり、インカㇻマッは重傷を負いました。
インカㇻマッを大切に思う谷垣にとって、これは許しがたい出来事です。
だから樺太でキロランケを発見した谷垣は、激しい怒りを向けます。
一方のキロランケにも止まれない理由がある。
アシㇼパを樺太へ連れていき、過去の記憶に触れさせること。
ソフィアと再会すること。
そして刺青人皮の暗号へつながる記憶を呼び起こすこと。
樺太への旅は、杉元側から見れば「アシㇼパを取り戻す旅」。
しかしキロランケ側から見れば、過去の革命と次の世代をつなぎ直す旅でもあったんです。
第189話から第190話で何が起きた?
キロランケの最終戦は、一人の敵とだけ戦う決闘ではありません。
まず谷垣がキロランケと遭遇します。
谷垣は激しい格闘の末、インカㇻマッを傷つけた際に使われたマキリでキロランケに深手を負わせます。アニメ版の物語紹介でも、この順序が確認できます。
すでに負傷したキロランケを、その後は月島と鯉登が追跡します。
キロランケは追っ手に対して爆弾を仕掛け、月島を負傷させました。
そして鯉登との接近戦へ入ります。

ここでキロランケは鯉登から致命傷となる大きな傷を受けながらも、なお戦闘を続けます。
さらに谷垣と月島の援護が入り、キロランケは追い詰められていきます。
最後には自爆攻撃まで試みますが、それも阻止。
谷垣がとどめを刺そうとしたところへ、杉元たちとアシㇼパが到着します。
このため「キロランケの直接の死因は誰の一撃?」と一点だけに絞るより、複数人との連戦で負った傷により瀕死となり、そのまま死亡したと説明する方が誤解がありません。
キロランケは死ぬ直前に何を知った?
ここがキロランケの最期で一番大切なところです。
瀕死のキロランケのもとへアシㇼパが来ます。
そしてアシㇼパは、刺青人皮の暗号を解く鍵につながる記憶を思い出したことを伝えます。
キロランケはそれを知り、自分たちの樺太への旅が無駄ではなかったことを理解します。
その後、アシㇼパに少数民族独立への思いを残して息を引き取ります。
ここは「アシㇼパへ思いを託した」とだけ書くと少し抽象的なんですよね。
事実として重要なのはまず、アシㇼパが暗号の鍵につながる記憶を取り戻したとキロランケが知ったことです。
その事実があったからこそ、「樺太まで連れてきた意味はあった」と安堵できた。
革命を自分の手で完成させたわけではありません。
金塊も手にしていません。
それでも自分の行動が未来につながった可能性だけは確認できた。
この順序で見ると、キロランケの最期がかなり分かりやすくなります。
菊田・二階堂・キロランケの最期は何が違う?
3人を並べると、『ゴールデンカムイ』が死亡シーンをどう作っているのかがよく見えてきます。
ポイントは3人とも本来の目的を完全には達成できていないことです。
菊田は中央のスパイとして鶴見を止められません。
二階堂は人生をかけて追った杉元を殺せません。
キロランケも少数民族独立という大きな目的の完成を見ることなく死にます。
つまり「目標達成→満足して死亡」という分かりやすい構造ではありません。
それなのに最期には、それぞれの人生で一番重要だったものが戻ってくるんです。
菊田には杉元。
二階堂には洋平。
キロランケにはアシㇼパ。
ここからが僕なりの考察です。
菊田は「未来の杉元」を見る
菊田は、自分自身では鶴見を倒せません。
それでも最後に「ノラ坊」だった頃から知る杉元へ可能性を見ます。
軍人として中央の命令を背負っていた菊田が、最後には一人の人間を信じる。
これは菊田の中にずっとあった、組織と個人の間で揺れる性格が凝縮された結末だと思います。
有古へ接したときもそうでした。
若い杉元へ接したときもそうでした。
菊田は完全に人間味を捨てて任務へ徹しきれる人物ではないんですよね。
だから最期にも「中央が何とかしてくれる」だけでは終わらない。
未来にいる杉元を見て死ぬ。
そこが菊田らしいです。
二階堂だけは「失った過去」へ戻る
二階堂は真逆です。
杉元を殺せない。
復讐は失敗。
未来へ何かを託す相手もいません。
最後に現れるのは、ずっと昔に失った洋平です。
僕はここが3人を比較するうえで一番面白いところだと思っています。
菊田とキロランケは未来を見るのに、二階堂だけは過去へ戻る。
二階堂は洋平を失ってから、杉元を追い続けました。
身体を失っても追う。
北海道中を移動しても追う。
時間はどんどん先へ進んでいるのに、精神だけは洋平の死んだ地点から動いていない。
だから死の瞬間、二階堂の物語は未来へ開くのではなく、過去へ閉じていきます。
これは復讐者としてかなり残酷で、それと同時にどこか救いにも見える結末です。
キロランケは「自分がいない未来」を見る
キロランケは、3人の中で最も自分より大きな時間を見ている人物です。
彼が求めているものは、自分個人の幸福だけではありません。
民族。
土地。
独立。
次の世代。
だから本人が生き残れなくても、目的の一部が先へ続く可能性が確認できれば意味がある。
アシㇼパが記憶を取り戻したことを知る場面は、まさにそれです。
僕はキロランケの最期を「革命家の勝利」と呼ぶのは違うと思います。
実際には多くのものを失い、目的を完成できないまま死んでいるからです。
ただ、完全な敗北でもない。
自分が起こした行動が、アシㇼパという次の世代へ影響を残した。
キロランケ本人が未来を生きなくても、その未来へ一本の線を残した。
ここに彼らしい終わり方があります。
考察|ゴールデンカムイの死亡シーンが「退場」で終わらない理由
僕が3人を並べて最も面白いと感じるのは、『ゴールデンカムイ』が死を「キャラクターを物語から減らす装置」にしていないことです。
死ぬ瞬間までに、その人物が何を追い続けてきたのかを凝縮して見せる。
だから死亡回だけ読んでも分からないものがあります。
菊田なら、弟への後悔、中央からの任務、有古との関係、若い杉元との出会い。
二階堂なら、洋平との一体感、杉元への復讐、少しずつ失われていく身体。
キロランケなら、ウイルクとソフィア、革命運動、アシㇼパを樺太へ連れてきた理由。
それまでの積み重ねが、死亡シーンで一気に回収されるんですよね。
さらに面白いのが、死んだキャラクターの影響が死後も残ることです。
宇佐美が残した情報は、後に菊田の正体を暴く材料になります。
菊田自身は鶴見を倒せなくても、最期に杉元の名を出す。
キロランケは死んでも、樺太での旅を通じてアシㇼパの記憶に影響を与える。
死によって一人の物語は終わっても、その人が残した情報や執念は別の人物へ食い込んでいく。
この連鎖が『ゴールデンカムイ』の死亡描写をすごく厚くしているんじゃないかな。
そして二階堂は、その流れから少し外れます。
彼は未来へ何かを渡すより、最後まで洋平との関係の中へ戻っていく。
だからこそ菊田、二階堂、キロランケを同じ「死亡キャラ」として並べたとき、時間の向きに違いが生まれるんです。
- 菊田は杉元という未来を見る
- キロランケはアシㇼパという次世代を見る
- 二階堂は洋平という過去へ戻る
この視点で読み返すと、三人の最期って驚くほど性格が違うんですよね。
個人的には、ここが『ゴールデンカムイ』の人物描写の強さだと思っています。
死亡したから感動するんじゃない。
その人がどう生きてきたかが、最期の数ページで一気に意味を持つから刺さる。
初読では「誰が死んだ?」に目が行きます。
再読すると「なぜこのキャラには、この最期が必要だった?」へ目線が変わる。
その二段階で楽しめるのが、本当にたまらないところです!
まとめ|菊田は280話、二階堂は295話、キロランケは190話で死亡
『ゴールデンカムイ』では、菊田杢太郎・二階堂浩平・キロランケの3人はいずれも死亡します。
菊田は28巻・第280話「決意の号砲」で、中央のスパイだと把握していた鶴見に撃たれ、その後、月島によってとどめを刺されました。
二階堂は30巻・第295話「ふたり」。五稜郭で杉元を道連れにするため手榴弾を使いますが、自爆は狙い通りにならず、自らが爆発を受けて死亡します。
キロランケは19巻・第190話「明日のために」。谷垣との戦いで深手を負い、さらに鯉登・月島を含む追跡隊との連戦で瀕死となり、最後はアシㇼパが暗号の鍵につながる記憶を取り戻したと知って息を引き取ります。
三人を一言で分けるなら、菊田は任務と人への信頼、二階堂は喪失と復讐、キロランケは革命と未来です。
そして最も印象的なのは、誰も目的を完全には達成していないこと。
それでも最期には、その人物が何のために生きてきたのかがはっきり表れる。
だからこそ三人の死亡回を知ったあとに過去の登場回へ戻ると、何気ない会話や行動まで違って見えてくるんですよね。
よくある質問
菊田特務曹長は誰に殺された?
菊田は第280話で鶴見中尉に撃たれた後、反撃しようとしたところを月島軍曹に撃たれて死亡します。
そのため「最後にとどめを刺した人物」は月島です。
二階堂浩平は何話で死亡する?
二階堂浩平は30巻・第295話「ふたり」で死亡します。
五稜郭で杉元を道連れにしようと手榴弾を使用しますが、自ら爆発を受け、最期を迎えます。
キロランケは結局誰に殺された?
キロランケは「特定の一人に一撃で殺された」と整理するのは適切ではありません。
谷垣との格闘で深手を負った後、鯉登との戦闘や月島・谷垣の援護攻撃を受け、複数の傷が重なって瀕死となり、第190話で死亡します。
三人の最期を把握したあとに作品を読み返すなら、「誰が死ぬか」ではなく「何を残して死ぬか」に注目すると人物関係がさらに面白く見えてきます。
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