『借りぐらしのアリエッティ』が「ひどい」と言われる理由は、物語の盛り上がり不足やキャラクター描写への不満が中心です。一方で、映像美や小人の世界観を高く評価する声も多く、評価が大きく分かれる作品です。
スタジオジブリ作品の中でも、『借りぐらしのアリエッティ』ほど「好き」と「物足りない」が分かれる映画は珍しいかもしれません。
2010年7月17日に公開された本作は、興行収入92.6億円を記録し、2010年度の邦画興行収入1位となった大ヒット作品です。
しかし、その一方でネット上では「ひどい」「つまらない」「ジブリ作品として期待したものと違った」という厳しい意見も存在します。
なぜ、これほど評価が割れているのでしょうか。
この記事では、『借りぐらしのアリエッティ』が低評価と言われる理由と、逆に高く評価されている魅力を整理しながら、本当に「ひどい作品」なのかを検証していきます。
借りぐらしのアリエッティはひどいと言われる理由とは?
『借りぐらしのアリエッティ』が「ひどい」と言われる最大の理由は、ジブリ作品らしい大冒険や強烈なカタルシスを期待した人ほど、物語の静かさに物足りなさを感じたからです。
本作は、宮崎駿監督作品のような世界を救う大きな冒険ではありません。
身長約10センチの小人の少女アリエッティと、人間の少年・翔が出会い、短い時間だけ心を通わせる物語です。
主人公は14歳の小人・アリエッティ。
彼女は両親とともに、人間の屋敷の床下で、人間の生活用品を少しずつ「借り」ながら暮らしています。
しかし、人間に見られてはいけないという掟がある中で、病気療養のため屋敷に来た少年・翔に姿を見られてしまいます。
ここから2人の交流が始まりますが、作品全体の展開はかなり穏やかです。
そのため、過去のジブリ作品にあるような、
- 空を飛ぶ冒険
- 巨大な敵との戦い
- 世界を巻き込む事件
- 怒涛の展開
を期待した観客からは「話が進まない」と感じられました。
特に『天空の城ラピュタ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』のような作品を基準に見ると、スケール感の違いに驚く人も少なくありません。
筆者としては、ここが『借りぐらしのアリエッティ』の評価を分ける一番大きなポイントだと感じます。
この映画は「大きな物語」ではなく、「小さな存在の小さな時間」を描いた作品だからです。
その方向性を理解できるかどうかで、印象は大きく変わります。
借りぐらしのアリエッティの低評価理由はストーリーの弱さ?
『借りぐらしのアリエッティ』の評価で特に多い不満が、「ストーリーが薄い」という意見です。
映画レビューサイトでも、映像や音楽を評価する声がある一方で、「展開が淡々としている」「盛り上がりが少ない」という感想が見られます。
低評価につながったポイントを整理すると、主に以下の3つです。
- 冒険の期待に対して事件が少ない
- 登場人物の心理描写が説明不足に感じる
- 結末までの展開が短く感じる
物語の中心となるのは、アリエッティと翔の交流です。
翔は心臓の病を抱えており、手術を控えています。
一方、アリエッティたちは人間社会から隠れて生きる小人の一族です。
2人は互いに孤独を抱えており、出会いによって少しずつ変化していきます。
このテーマ自体は非常に美しいものです。
ただし、映画の中でその変化をじっくり描く時間が限られているため、「もっと2人の関係を見たかった」と感じる人もいました。
また、終盤では家政婦のハルによってアリエッティ一家が危機に陥ります。
ハルは屋敷に小人がいることを知り、捕まえようと行動します。
しかし、この展開についても「危機としては弱い」「もっと大きなドラマになりそうだった」という意見があります。
一方で、この静かな展開こそ本作の魅力だという見方もあります。
小人にとっては、角砂糖ひとつを運ぶことも大冒険です。
人間にとって何気ない日用品が、小さな世界では宝物になる。
この視点の変化を楽しめる人には、むしろ唯一無二の作品として映ります。
借りぐらしのアリエッティの評価が高い理由は映像と世界観?
低評価の声がある一方で、『借りぐらしのアリエッティ』を高く評価する人も多くいます。
特に評価されているのが、小人目線で描かれる世界観です。
本作では、人間の家が巨大な冒険フィールドになります。
キッチンの棚、床下、壁の隙間、庭の植物。
普段なら気にも留めない場所が、アリエッティたちにとっては生活の場であり、危険な場所でもあります。
この「視点の逆転」が本作最大の魅力です。
例えば、人間にとって小さな角砂糖はただの甘味料です。
しかし、小人にとっては貴重な生活資源。
人間社会を別の角度から見ることで、「自分たちが当たり前だと思っている世界も、誰かにとっては巨大な未知の世界なのかもしれない」という感覚を味わえます。
また、美術面への評価も非常に高いです。
監督は米林宏昌氏で、本作が長編映画初監督作品でした。
脚本は宮崎駿氏と丹羽圭子氏が担当し、原作はイギリスの作家メアリー・ノートンによる児童文学『床下の小人たち』です。
声優には、
- アリエッティ役:志田未来さん
- 翔役:神木隆之介さん
- ホミリー役:大竹しのぶさん
- ポッド役:三浦友和さん
- ハル役:樹木希林さん
など、豪華なキャストが参加しています。
さらに、フランスの音楽家セシル・コルベルが手掛けた主題歌「Arrietty’s Song」も作品の雰囲気を象徴する存在となりました。
静かな庭、柔らかな光、小さな家具。
これらの描写は、派手なアクションとは違う「眺めているだけで心地いい魅力」を持っています。
借りぐらしのアリエッティはなぜ賛否が分かれるのか?
『借りぐらしのアリエッティ』の賛否が分かれる理由は、作品が目指した方向性と、観客が期待したものにズレがあったからだと考えられます。
公開当時、多くの人は「スタジオジブリ最新作」として本作を観ました。
当然、過去の大ヒット作品と比較してしまいます。
しかし、『借りぐらしのアリエッティ』は最初から宮崎駿作品のような壮大な冒険映画ではありません。
テーマはもっと身近です。
「違う存在同士が出会うこと」
「限られた時間の中で相手に影響を与えること」
「小さな命が懸命に生きること」
こうした部分に重点があります。
映画レビューでは、映像や音楽、小人の暮らしを絶賛する声がある一方、「ジブリなのに物足りない」という意見もあります。
つまり、作品そのものの欠点だけではなく、「何を期待して観たか」が評価に大きく影響している作品なのです。
個人的には、『借りぐらしのアリエッティ』は「失敗したジブリ作品」というより、「ジブリの中でも異色の方向へ進んだ作品」だと感じます。
宮崎駿作品のような爆発的なエネルギーではなく、静かな余韻を残すタイプの映画です。
例えるなら、大きな花火ではなく、夜の庭で小さなランタンを眺めるような作品でしょう。
派手さを求める人には物足りない。
しかし、小さな世界の美しさを楽しめる人には忘れられない一本になります。
借りぐらしのアリエッティは本当にひどい作品なのか考察
「借りぐらしのアリエッティはひどい」という評価について、筆者は一部理解できる部分があると考えています。
特に、物語の起伏やキャラクターの掘り下げについては、もっと描けた可能性があります。
アリエッティと翔の関係も、もっと時間をかければ、さらに強い感動につながったかもしれません。
また、小人という設定には大きな可能性があります。
人間の家の中を冒険するというアイデアだけでも、もっとユーモアや驚きを盛り込めたはずです。
一方で、「ひどい」とだけ片付けるのも違うと思います。
なぜなら、本作には他の作品では味わえない魅力が確実に存在するからです。
小さな家具。
手作りの道具。
人間の世界を恐れながらも生き抜く小人たち。
こうした細部へのこだわりは、スタジオジブリならではの職人技です。
また、本作は2010年度の邦画興行収入1位となり、第34回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞も受賞しています。
数字や賞だけで作品の価値は決まりません。
しかし、多くの人に届いた理由があったことも事実です。
筆者としては、『借りぐらしのアリエッティ』は「万人向けの傑作」ではなく、「好みが分かれる完成度の高い小品」だと考えます。
見る人によって評価が変わるからこそ、10年以上経った現在でも議論され続けている作品なのではないでしょうか。
よくある質問
借りぐらしのアリエッティは本当にひどい映画ですか?
「ひどい」と感じる人がいる一方で、映像美や世界観を評価する人も多くいます。作品の方向性が静かなため、期待する内容によって評価が変わります。
借りぐらしのアリエッティの監督は誰ですか?
監督は米林宏昌氏です。本作が長編アニメーション映画の初監督作品でした。
借りぐらしのアリエッティの興行収入はいくらですか?
2010年公開の本作は、最終興行収入92.6億円を記録し、2010年度邦画興行収入1位となりました。
まとめ
『借りぐらしのアリエッティ』が「ひどい」と言われる理由は、物語の静かさや展開の少なさ、過去のジブリ作品との比較による期待とのズレにあります。
一方で、小人の視点から描かれる世界観、美しい映像、繊細な美術、アリエッティと翔の交流を評価する声も多く存在します。
本作は、派手な冒険を楽しむ映画ではありません。
小さな存在が懸命に生きる姿や、普段見落としている日常の美しさを味わう映画です。
だからこそ、『借りぐらしのアリエッティ』は「ひどい」と感じる人と、「大好き」と感じる人が同時に存在する、非常に個性的なジブリ作品なのだと思います。

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